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岡山地方裁判所 昭和60年(ワ)283号 判決 1987年5月27日

原告 坂田武司 外一名

被告 下津井電鉄労働組合

主文

一  原告らの戒告処分無効確認請求に係る本件訴えを却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年四月三〇日付けで原告らに対してした戒告処分は無効であることを確認する。

2  被告は原告らに対し、それぞれ本判決確定の日から七日以内に別紙(一)記載の内容の謝罪文を交付し、かつ、本判決確定の日の翌日から一四日以内に別紙(二)記載の内容の謝罪文を被告の掲示板に掲示せよ。

3  被告は原告らに対し、各一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年四月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  3につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、下津井電鉄株式会社(以下「訴外会社」という。)の従業員(乗務員及び事務職員)約三〇〇名で構成する労働組合であり、原告らは、いずれも訴外会社にバス乗務員として勤務し、かつ、被告に組合員として所属する者である。

2  原告らは、いずれも昭和五七年四月三〇日付けで被告から戒告処分(以下「本件戒告処分」という。)に処せられ、組合規約により訴外会社の各事業所の被告の掲示板に右処分の告示文を掲示されてこれを公表された。

3  本件戒告処分は、以下の理由により無効である。

(一) 本件戒告処分の処分書には全く理由が附記されていない。

(二) 本件戒告処分は、事業場に労働基準法(以下「労基法」という。)又は労基法に基づいて発する命令に違反する事実がある場合に、労働者に対し労基法上認められる、その事実の行政官庁又は労働基準監督署(以下「労基署」という。)への申告権を、原告らが正当に行使したことを理由とする不当なものである。

4  原告らは、被告から無効な戒告処分を受け、組合規約に基づき、これを公表されたばかりか、詑状を書かされたうえこれを被告の掲示板に掲示された。被告の右不法行為の結果、原告らは組合員としてはもとより個人としての名誉も著しく毀損され、精神的にも多大の損害を被つた。

5  原告らの名誉を回復するために、請求の趣旨記載の謝罪文の交付及び掲示が必要であり、また原告らの被つた精神的損害に対する慰藉料としては少なくとも各一〇〇万円とするのが相当である。

よつて、原告らは、被告との間で、本件戒告処分が無効であることの確認を求めるとともに、被告に対し、不法行為責任に基づき、請求の趣旨記載の謝罪文の交付及び掲示、並びに慰藉料として各一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年四月三〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

本件戒告処分は、組合規約という自律的な法規範を有する特殊な部分社会である被告において、組合規約に基づき、組合員である原告らに対しその行為を戒しめたものに過ぎず、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題ということができる。また、原告らが本件戒告処分について不服があるときは、組合規約に基づき組合の大会に提訴する権利も保障されているところである。そうすると本件戒告処分は、被告における自主的、自律的な解決に委ねられるべきものであつて、裁判所の司法審査の対象とならないものと解される。

したがつて、本件訴えのうち、戒告処分無効確認を求める部分はもとより、謝罪文の交付及び掲示を求める部分並びに慰藉料の支払を求める部分も、本件戒告処分の適否の判断を前提とするものであるから、本件戒告処分の適否が司法審査の対象とならない以上、すべて不適法な訴えであり、却下を免れない。

のみならず、本件訴えのうち戒告処分無効確認を求める部分は、過去の法律関係の確認を求めるに過ぎないものであつて、確認の利益を欠くから、この点からも不適法な訴えであり、却下を免れない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

本件戒告処分は公表されたために原告の名誉を著しく毀損したものであり、また、本件戒告処分は労基法上の申告権を正当に行使したことを理由とする重大な違法処分であつて、しかも、被告は本件戒告処分当時各組合員に組合規約ひいては右処分についての組合の大会への提訴権の存在を知らせていないのであるから、本件戒告処分は司法審査の対象になるというべきである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、本件戒告処分の処分書には全く理由が附記されていないことは認め、その余は否認する。

3  同4の事実のうち、原告らが被告から本件戒告処分を受け、組合規約に基づきこれを公表されたことは認め、その余は否認する。

4  同5は争う。

五  被告の主張

1  被告の組合規約は、統制処分を行うに際して処分書に理由を附記することまでを必要としていない。のみならず、原告らは、被告から本件戒告処分に処せられるに際し、組合規約六一条二号の「組合の統制秩序を乱したもの」に該当することを理由に処分されるものである旨の説明を受け、しかも被告がその掲示板に掲示した右処分の告示文にも、組合組織の統制秩序を乱したために処分を行つた旨明示されているのであるから、原告らは右理由を十分に理解していた。

2  被告が本件戒告処分を行つたのは、原告らが労基法上の申告権を行使したこと自体ではなく、原告らが、以下のとおり被告の統制秩序を乱したことを理由とするものである。

すなわち、原告らは被告の組合員であるから、給与体系に不満がある場合、まず被告の委員会に提案し、その討議結果に納得できないときに初めて労基署へ自ら申告するというのが、組合員としての良識である。ことに、原告堤は、当時委員であつたからなおさら右の方法をとるべきであつたということができる。そうであるにもかかわらず、原告らは、委員会に提案せずにいきなり労基署へ申告した。しかも、右申告の結果、被告は訴外会社から給与体系の改訂に応じるように要求を受けたのであるから、被告としては、これに対応するために、誰がどのような内容の申告をしていたのかを知る必要があり、再三にわたつて申告した者は期限内に申し出るようにと全組合員に通知したにもかかわらず、原告らは期限内に申し出なかつた。このため、執行委員長、副執行委員長及び書記長(以下、三名合わせて「組合三役」という。)は、組合員から会社側と結託して給与体系を組合員に不利に改訂しようとしているのではないかとの疑惑を受けて苦境に立たされ、また組合員相互間にも不信感が生じた。このように、原告らがいきなり労基署へ申告し、かつ、右申告事実を期限内に被告に申し出なかつたことは、被告の統制秩序を乱した。

第三証拠<省略>

理由

第一本件戒告処分無効確認請求について

一  請求原因1(当事者)、2(本件戒告処分及びその公表)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件戒告処分が司法審査の対象になるか否かについて判断する。

裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するものであるが(裁判所法三条一項)、ここにいう一切の法律上の争訟とは、あらゆる法律上の係争を意味するものではない。すなわち、ひと口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の性質上裁判所の司法審査の対象外に置くのを適当とするものもあるのであつて、例えば、一般市民社会の中にあつてこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的ないし自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象とならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四六年(行ツ)第五二号昭和五二年三月一五日第三小法廷判決・民集三一巻二号二三四頁参照)。

労働組合は、一方で労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体であるから、自主性、自律性の尊重されるべき団体である。しかしながら、他方で労働組合は、憲法ないし憲法に基づいて制定された労働組合法などにより、団体交渉によつて組合員をはじめとする労働者の労働条件を規制する権能(任務)を与えられ、かつユニオンシヨツプの一定限度の許容、民事刑事の免責、不当労働行為救済制度などによつてこの権能を法的に強化されているのであるから、内部運営については憲法の所期する民主主義の原理に則つたものでなければならないことは当然の要請であり、憲法自体が組合員の組合員としての権利行使を保障しているものであつて、右権利行使を保障するために労働組合は通常の私的任意団体にはみられない法規制を受けているのである。したがつて、労働組合の行う統制処分のうち、組合員の組合員としての権利行使を妨げる効果を伴う処分はその適否が司法審査の対象となるが、右効果を伴わない処分はその適否が司法審査の対象とならないと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記一の争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、乙第一、第二号証(ただし、甲第一号証は原本の存在についても争いがない。)、証人成石敏昭の証言、原告両名本人尋問の結果を合わせれば、被告の組合規約は、その六二条に制裁の種別として戒告、権利停止、除名の三種類を定めており、同六一条に右制裁が公表される旨定めているだけで、戒告処分の具体的内容についての規定はないこと、そして被告は、昭和五七年四月三〇日委員会が原告らを本件戒告処分に付する旨決議したところに従い、原告らを戒告処分とする旨記載された処分書を作成して原告らを戒告処分に付し、かつ、同年五月一日付けで右処分の告示文を訴外会社の各事業所の被告の掲示板に掲示してこれを公表したが、右処分書ないし告示文には原告らを戒告処分に付するないしは付した旨記載されているにとどまることが認められ、本件全証拠によつても、原告らが本件戒告処分によつて現在又は将来組合員としての権利行使を妨げられ、若しくは妨げられるおそれがあることを認めることはできない。

そうすると、本件戒告処分は、原告らの組合員としての権利行使を妨げる効果を伴わない処分であるから、その適否は司法審査の対象にならないと解される。

したがつて、原告らの本訴請求のうち本件戒告処分無効確認請求に係る本件訴えは不適法として却下を免れない。

第二謝罪文の交付及び掲示並びに慰藉料請求について

一  前記第一で説示したとおり、本件戒告処分自体の適否は司法審査の対象とならないから、本件戒告処分が無効であることを理由として被告に不法行為責任があるとの判断をすることはできない。

二  また、本件戒告処分が適法である限り、被告が右処分の事実を組合内部に周知させるために組合規約に基づいてこれを公表することは正当であるということができるから、本件戒告処分の適否が司法審査の対象とならない以上、右公表行為が不法行為であるとの判断をすることはできない。

三  次に被告が原告らに対して詫状を書かせたうえ訴外会社の各事業所の被告の掲示板に掲示させた、という不法行為の成否について判断する。

前掲甲第一号証、乙第二号証、成立に争いのない甲第四号証の一ないし四、第五号証、第六、第七号証の各一、二、第八、第九号証、乙第三ないし第七号証、証人成石敏昭の証言、原告両名本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、右詫状の作成及び掲示に至る経緯は、以下のとおりであると認められる。

1  原告らは、昭和五六年三月ごろ、栗森正義から、訴外会社は回送時分(バスの待機所から営業所までバスを回送するに要する時分)及び回送距離(右回送する区間のキロ数)を給与計算の基礎に算入していないので、自己が岡山労基署へこのことを申告に行くつもりであるが、原告らもこれに同行して欲しい旨申し入れを受けた。原告らは、右申入れを承諾し、栗森と同行して岡山労基署を訪れ、担当監督官に訴外会社が回送時分及び回送距離を給与計算の基礎に算入していないことを申告した。右申告を受けた担当監督官は、訴外会社に対し、回送時分及び回送距離を給与計算の基礎に算入することを指導したが、それ以外に職能手当が固定給でありながらいわゆる基準内賃金(割増賃金などの計算の基礎に算入される賃金)には含まれていないという不合理な状態になつているので、これを改善するために、職能手当を基準内賃金に含めるようにするか又は出来高給に移行するようにするかいずれかの方法をとることも合わせて指導した。

2  そして、昭和五六年春に行われた被告と訴外会社との同年春季賃上げ交渉の際、被告は、会社側から、被告の組合員の一部からの要望に基づき、職能手当を廃止し、これを走行キロ手当に移行することを内容とする給与体系の改訂を行いたい旨の提案を受けた。また、会社側は、被告に対し、右の改訂については、監督官庁からも指摘を受けている旨示唆した。職能手当は、従業員が一か月のうち一五日以上勤務した場合に走行距離とは無関係に定額(昭和五六年度は一万一〇〇〇円ないし一万五〇〇〇円程度)を支給するものであつたから、毎月の給与額の変動を調整する機能を果たしていた。職能手当が廃止されて走行キロ手当に移行された場合、走行距離の変動に伴い毎月の給与額が従前より変動することになるので、右給与体系の改訂にはバス運転者を中心として反対の意見が強かつた。そこで、被告は、右給与体系の改訂に応じないまま、同年春季賃上げ交渉を妥結させた。

3  同年七月二二、二三日の両日に開催された被告の委員の研修会で、原告堤を含む出席者全員から、組合員のうちに右要望を申し出た者の有無、仮に申し出た者がいる場合は右申出の内容を究明すべきである旨の意見が出された。その後、被告は右究明のために組合三役及び各支部長をもつて構成される調査委員会を設置し、右要望を申し出た者は昭和五七年三月末日までに調査委員会の委員にまで申し出るように組合員に通知した。栗森は、同年末ごろ、自己が原告らと同行して岡山労基署に訴外会社が回送時分及び回送距離を給与計算の基礎に算入していない事実を申告した旨申し出たが、原告らは、組合三役から個別に右申告の有無の確認を受けた際にも右申告の事実を認めず、結局、右期限内に右申告の事実を申し出なかつた。

4  昭和五七年春に行なわれた被告と訴外会社との同年春季の賃上げ交渉の際、被告は会社側から、組合員の一部の者から労基署に給与体系について申告があつて会社が労基署から給与体系について改善勧告を受けたので、今年度は必ず改訂したい旨強く迫られた。このように、会社側から給与体系の改訂を迫られ、しかも右申告者及び申告の内容が明確になつていなかつたため、組合三役は、組合員から会社側と結託して給与体系を組合員に不利に改訂しようとしているのではないか、との疑惑を受けて苦境に立たされ、また組合員相互間にも不信感が生じた。

5  そこで、被告の安田副執行委員長、成石書記長、佐々木執行委員が、同年四月二一日午前中委員会の行われる前に、右会場である労働会館一階休憩室において、原告らに対し、原告らが岡山労基署へ申告したことによつて組合員に動揺が広がつたので、午後に開催予定の委員会の席上労基署へ申告したことを認めて謝罪して欲しい旨申し入れるとともに、特に原告堤に対し、委員を辞任するように申し入れたところ、原告らは右申入れをいずれもやむを得ないと判断して承諾した。そして、原告らは、右委員会の席上右申告の事実を認めて謝罪し、特に原告堤は委員を辞任する旨申し出た。

原告らが右委員会を退席後、委員会で討議した結果、組合員に原告らが右申告の事実を認めて謝罪したことを組合員に周知徹底させるために、原告らに詫状を書かせたうえでこれを訴外会社の各事業所の被告の掲示板に掲示してもらうほかない、との結論に達した。そこで、成石書記長は、原告らに対し右結論を伝えこれに従うように申し入れたところ、成石書記長は特に強要したわけではなかつたが、原告ら自身右結論はやむを得ないと判断してこれに従う旨回答した。また、成石書記長は、右詫状の内容を指示しておらず、原告らが各自その内容を考えたうえで詫状(原告坂田の作成したものが乙第三号証、原告堤の作成したものが乙第四号証である。)を作成し、これを同月二六日被告の掲示板に掲示した。

以上のとおり認められ、原告両名本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信することができない。

右認定の事実によれば、原告らは、成石書記長の申入れに応じて詫状を書いたうえでこれを被告の掲示板に掲示したものであるが、被告から別段強要されて右行動をとつたものではなく、むしろ原告らはその申告のために被告の組合員に動揺が広がつたことを反省し、自己の意思に基づき右行動をとつたものということができるので、被告が原告らに対して詫状を書かせたうえで被告の掲示板に掲示させた、という不法行為が成立したということはできない。

四  したがつて、原告らの右請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

なお、原告らの右請求は、不法行為責任に基づく謝罪文の交付及び掲示並びに慰藉料請求であり、本件戒告処分の適否に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるに過ぎず、しかも右の判断が紛争の核心をなすものということもできないから、右請求が裁判所の司法審査の対象とならないとすることはできず、右請求は棄却すべきであるということができる。

第三結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求のうち本件戒告処分無効確認請求に係る本件訴えはこれを却下し、その余の請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石嘉孝 安藤宗之 中村也寸志)

別紙(一)、(二)<省略>

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